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東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)104号 判決 1962年5月01日

原告 門浩氏

被告 東京丸編メリヤス工業組合 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨および原因

原告訴訟代理人は、特許庁が昭和三〇年審判第七〇号および同年同第一〇〇号併合事件について昭和三五年八月二五日附でした審決を取り消す。訴訟費用は被告らの負担とする、との判決を求め、請求の原因として次のとおり主張した。

一、原告は、昭和二五年九月二七日に登録を出願し、昭和二七年三月一八日に登録された第三九一〇五〇号実用新案の権利者であるところ、被告東京丸編メリヤス工業組合(当時の名称東京丸編莫大小事業協同組合、昭和三五年九月二八日に組織を変更して東京丸編メリヤス工業組合となつた。)は昭和三〇年二月二四日、被告末広繊維工業株式会社は同年三月一七日、それぞれ原告の前記実用新案権につき登録無効の審判を請求し、前者は同年審判第七〇号、後者は同年同第一〇〇号として特許庁に係属した。特許庁は右両事件を併合して審理のうえ、昭和三五年八月二五日附で、登録第三九一〇五〇号実用新案の登録を無効とする、との審決をし、その審決書謄本は同年九月一〇日原告代理人に送達された。

二、右審決の理由とするところは、昭和一四年五月三日に当時の特許局に受け入れられた米国特許第二一四〇四五九号明細書および図面を引用し、本件登録実用新案と右引用刊行物記載の男子用下穿きとを比較して、両者は男子用下穿きにおいて、股下部で縫い合せた布地を腹部で適宜幅だけ左前に重合し、この重合部の両側縁にそれぞれテープを当て、テープと重合縁とを縫合するに当つて上部及び下部を縫着し、その中間に懐状の開放部を形成した点で一致し、僅かに重合部の縫着を、前者では上部を長く下部を短かくしたのに対し、後者では図面において上下略同じに表示されている点で相違していることが一応認められるが、両者は全体として構造が類似し、作用効果においても格別差異のないものであるから、前者は旧実用新案法第三条第二号に該当し、その登録は同法第一条の規定に違反してなされたもので、同法第一六条第一項第一号の規定によつて無効にすべきものである、というのである。

三、本件審決は、次に詳しく主張するとおり事実誤認の違法のあるものであつて、取り消さるべきである。

(一)  原告の本件実用新案の考案要旨は、登録請求の範囲に記載されたとおり、「股引或はステテコ等のズボン下衣1に於て股下部2により縫合した布地を腹部に於て適宜幅左前に重合3、4し該重合部の両側にテープ5、6を当て、該テープ5、6と重合部とを縫着するに当り重合部の上部7を長く下部8を短かく縫着しその間に懐状の開放部9を設けてなる構造」に存する。すなわち本件実用新案においては、股引、ステテコ等ズボン下衣の縫合部が、重合部の上部を長く下部を短かくしてその間に開放部を設け、上下の縫合線はV字型に一直線をなすように形成されており、したがつてズボン上端を引き上げることによつて開放部の乱れを整然と矯正し得る作用効果を果すものである。これに反して審決引用の米国特許明細書および図面記載の男子用下穿きでは、本件実用新案と考案の目的が根本的に相違し、その前面の構造においても、開放部から下の縫合は足の出口を形成するための縫合であつて懐状部を中間に形成するための縫合ではなく、したがつてその縫目線も上部縫合線と直線をなさず足の周りに沿うものであつて、両者は構造上顕著な差異を有し、かつその作用効果においても、開放部の上下が直線状に縫合されたことによつて開放部の乱れを容易に矯正し得るという本件実用新案の特徴とする作用効果とは著しく作用効果を異にする。

審決が本件実用新案と引用刊行物記載の下穿きとの構造および作用上の前記相違点を看過し、両者の共通点のみをとらえて、「全体として構造が類似し、作用効果においても格別差異のないもの」と認定したことは、事実の誤定を誤つたものといわなくてはならない。

(二)  被告は、本件実用新案の股引、ステテコ等ズボン下衣において、上下の縫合線がV字型に一直線をなすように形成されていることは、その考案要旨と関係がない、と主張する。

しかし、本件実用新案説明書の「登録請求の範囲」には「図面に示すように」と記載され、該図面には、V字型にテープを重合部の両側に当てて該テープと重合部とを縫着するに当り、重合部の上部を長く下部を短かく縫着し、その間に懐状の開放部を設けてなる構造が図示してある。また、「登録請求の範囲」に「テープ5、6と重合部とを縫着するに当り重合部の上部7を長く下部を短かく縫着しその間に懐状の開放部9を設け」と記載し、「実用新案の性質、作用及効果の要領」中に「以上の構造に於て方正に着用し且つ用便に便ならしめたものである」、「………該重合部の両側はテープ5、6により強く支持されて着用した場合緊密に着用し得………」あるいは「………用便の後はバンド部10を引上げればテープ5、6及び布地の引張りにより開放部は再び合せられるにより乱れを矯正し得る特長を有するものである」と記載されているから、本件実用新案においては、その文理解釈により当然に「重合部をV字型とした」点や「重合部の縁辺が全長を通じて一直線である」点は考案要旨に関係のある構造に関するものであるといわなければならない。

(三)  審決引用の米国特許明細書および図面記載の男子用下穿きと本件実用新案のズボン下衣とを比較すると、構造および作用効果の点において両者は次のような差異を有する。

1 構造の差異

(イ) 前者においては前部が重なつた二つの布片からできており、後部布片と必ず別異のものであるが、後者においては、しからず。

(ロ) 前者においては前部と後部とは互に補う縁をもつていて、これを合わせて足の出口をなし、また実質的に非弾性的なテープをもつているが、後者においては、しからず。

(ハ) 前者においては腰帯部と足の出口の縁の括りとをつなぐ非弾性的なテープは逆V字型であるが、後者においては足の出口の縁がないし、テープはV字型に一直線をなしている。

(ニ) 前者では重合縁の縫着は下部を足の出口の縁の括りまでするが、後者では開放部を設ける位置に応じ適宜上下に二分して縫着する。(この点に関して審決が「僅かに重合縁の縫着を前者(本件実用新案の意)では上部を長く下部を短かくしたのに対し、後者(引用刊行物記載の男子用下穿きの意)では図面において上下略同じに表示されている点で相違している」としたことは、事実の認定が不正確であるといわなければならない。)

2 作用効果の相違

前記(ロ)(ハ)の構造の差異の結果、作用効果においても両者は次の相違点がある。

(イ) 後者において、用便後ズボン上端を引き上げた場合テープに作用する力がV字型に一直線にはたらき、開放部は再び合せられるにより乱れを簡単に矯正し得ることは、前記のとおりである。

これは、けだし、吾人が用便後両手をもつてズボン上端を引き上げる場合外部に開く力を作用させることが経験則上肯定されるところであり、後者のテープがV字型に一直線をなしている事実はこの経験則に一致する構造であつて、前記作用効果を発揮するゆえんである。

しかるに、前者においてはテープ縫合縁は下方が上部より広がり逆V字型となつており、かつ開放部下方は足の出口の縁の括りに達している構造となつている結果、用便後腰帯部を引き上げた場合、前記経験則上テープにはたらく力が完全に作用せず、テープ周辺の布地を引張るのみならず、足の出口の縁の括りをいたずらに吊り上げ、一時的にせよ穿口を開放する結果となる。

(ロ) 前者においてはパンツ前面部に生地が二重に三角形をなして部分的に重なり合つた所のある結果、下方の重合部分は両足の出口の縁の括りに達する程度に広幅となつており、しかもこの幅の広い重なり合つた生地の左右両端は両足の出口の縁に縫着した構造となつている関係上、用便の際開放に困難を感ずる。しかるに後者の構造はV字型にテープを縫着してあり、かつ重合部布片も上部で広く下部に達するにしたがい幅が狭くなつて重なり合つている関係上、用便の際開放が容易である。

四、被告はその主張の米国特許第二二三五八四九号の明細書および図面(乙第二号証)の存在によつても、本件実用新案は新規性がない、と主張するが、本件のような審決取消訴訟において、実用新案の登録を無効とした審決を維持するために、審決で採用した事由以外の新らしい無効事由を主張することは許されないことといわなくてはならない。

かえつて、逆V字型の米国特許第二一四〇四五九号(乙第一号証)の存在にかかわらず、V字型の第二二三五八四九号(乙第二号証)の特許が許されていることは、V字型と逆V字型とは別個の考案を構成するものであることを示すものといわなくてはならない。

五、以上の理由によつて、本件実用新案は新規の考案でないとした本件審決の違法であることは明らかであるから、右審決の取消を求める。

第二被告の答弁

被告訴訟代理人は、主文どおりの判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告主張の請求原因事実中、原告がその主張の実用新案の権利者であるところ、被告らから原告主張のとおり登録無効の審判の各請求があり、併合審理のうえ、原告主張の日にその主張の審決があり、その審決書謄本が原告主張の日原告代理人に送達された事実、被告東京丸編メリヤス工業組合の組織変更および改称の点ならびに右審決書に原告主張のとおりの記載のある事実は認めるが、原告が右審決の理由として主張するところは、審決理由の一部分をほしいままに抽出したものであつて、審決の理由はこれに尽きるものではない。その他原告が右審決が事実を誤認したとして主張する点は争う。

二、原告は本件実用新案の考案要否につき、その登録請求の範囲に記載されている事項のほか、ズボン下衣の上下縫合線がV字型に一直線をなし、ズボン上端を引き上げることによつて開放部の乱れを整然と矯正し得るよう形成されている、と主張するが、そのような基礎事実は、右の登録請求の範囲に記載されていないことはもちろん、右実用新案の公報中いずれの部分にも記載されていない。該公報の図面をみても、V字型というよりもむしろU字型にちかい。その他原告の主張することは、基礎事実にない枝葉末節の構造のみをとり上げて主張しているのであつて、不当である。

本件審決が本件実用新案と引用刊行物の男子用下穿きとを比較して、全体として構造が類似し、作用効果においても格別差異がない、としたことは、両者を比較するときはきわめて正当なことというべきであり、右引例の存在において本件実用新案はきわめて容易になし得る普通のことである。右引用刊行物は、昭和一四年五月三日に当時の特許局に受け入れられて一般の閲覧に供されており、これに本件実用新案の要旨とする具体的構造が全部記載されているから、本件実用新案は当然登録要件を欠除しているものであつて、原告の主張は全く当を得ないといわなくてはならない。

三、原告主張の、本件実用新案において上下の縫合線がV字型に一直線をなしている、ということは、基礎事実にない事項であるのみならず、元来衣服において前身頃と後身頃の縁線をV字型にするとか一直線にするとかは、あたりまえに採用されていることなのであつて、新規な考案を構成しない。昭和一六年七月二二日当時の特許局陳列館に受け入れられて一般の閲覧に供されている米国特許第二二三五八四九号の明細書および図面(乙第二号証)には、本件実用新案と同じステテコあるいはズボンのような下衣が示されているが、その前面において重合部が明らかにV字型をなしており、その他の構造も本件実用新案とほとんど等しく、作用効果も同じと見てよいものであつて、この先例の存在によつても、本件実用新案は新規な考案としての価値がない。

四、要するに、右いずれの点においても、原告の請求の理由のないことは、明らかである。

第三証拠<省略>

理由

一、原告はその主張の実用新案の権利者であるところ、被告らからそれぞれその主張の登録無効の審判の各請求があり、併合審理のうえ、原告主張の日にその主張の審決があり、その審決書謄本が原告主張の日に原告代理人に送達されたこと、ならびに被告東京丸編メリヤス工業組合の組織変更および改称の事実については、当事者間に争がない。

二、本件審決の理由として、審決書に原告主張のとおりの記載のあることについては、当事者間に争がなく、右争のない事実に成立に争のない甲第一号証(右審決書謄本)を併せ考えるときは、右審決は、本件実用新案の考案要旨を、股引あるいはステテコ等のズボン下衣(1)において、股下部(2)で縫合した布地を腹部において適宜幅左前に重合(3)(4)し、該重合部の両側にテープ(5)(6)を当てて該テープ(5)(6)と重合部とを縫着するに当つて重合部の上部(7)を長く下部(8)を短かく縫着し、その間に懐状の開放部(9)を設けてなる構造にあるものと認定したうえ、被告らが本件無効審判請求事件において提出した米国特許第二一四〇四五九号明細書および図面を引用し、右引用刊行物には、当該発明の実施の一例としてパンツが図示されているが、それに股下部で縫合した生地(13)(14)を適宜幅左前に重合し、この重合部の両側縁にテープ(25)(18)、(26)(18)を当てて上部と下部を縫合し、その中間に懐状の開放部を設け、パンツ全体の上周縁には弾性的な腰帯(15)を囲繞縫着した構造が記載されている、とし、両者を比較すると、両者は男子用下穿きにおいて、股下部で縫い合せた布地を腹部で適宜幅だけ左前に重合し、この重合部の両側縁にそれぞれテープを当て、テープと重合縁とを縫着するに当つて上部および下部を縫着しその中間に懐状の開放部を形成した点で一致し、僅かに重合部の縫着を、前者では上部を長く下部を短かくしたのに対して、後者では図面において上下ほゞ同じに表示されている点で相違していることが一応認められるが、ズボン下穿き類における前開きはすべて用便を便利にするため設けられるもので、この前開きの上下を縫着してその中間に開放部を設ける場合、この開放部を用便に最も好都合な位置とすること、換言すれば開放部から上と下との縫着長さの比を、股下部から胴部上縁までの長さに応じて適宜撰ぶことは裁縫技術上の常識的事項に属するところであるから、前記両者間の差異は当業者が必要に応じて任意に変換することのできる構造上の微差に過ぎないものと認め、両者は、全体として構造が類似し、作用効果においても格別差異のないものであるから、本件登録実用新案は旧実用新案法第三条第二号に該当し、その登録は同法第一条の規定に違反してなされたもので同法第一六条第一項第一号の規定によつて無効にすべきものと認定したものであることが、明白である。そして、審決が引用した米国特許第二一四〇四五九号の明細書および図面が昭和一四年五月三日に当時の特許局に受け入れられて以来、公衆の閲覧に供されてきた事実については、原告の明らかに争わないところである。

三、本件実用新案の考案の要旨は、前記審決で認定したとおりのズボン下衣の構造であつて、さらに成立に争のない甲第二号証(本件実用新案公報)によれば、右考案は、その構造によつて、

(イ)  股下部により縫合した布地を腹部において適宜幅左前に重合し、該重合部の両側にテープを当て該重合部の上下をテープと共に縫着しているから、腹部は二重になり、また該重合部の両側はテープにより強く支持されて、着用した場合緊密に着用し得、また腹部の保温に有効であつて、重合部の上部および下部は縫着してあるから、乱れることがないこと、

(ロ)  さらに、用便のときは縫着した上部と下部との間の開放部を両側に開くことにより容易に行うことができ、用便の後はバンド部を引き上げれば、テープおよび布地の引張りにより開放部は再び合せられて、その乱れを矯正することができること、

要するに、かゝるズボン下衣の構造において方正に着用し、かつ用便に便ならしめたものであるという実用上の効果があることを認めることができる。

原告は、ズボン下衣の重合部の両側に設けた上下の縫合線がV字型に一直線をなしている点は本件実用新案の要旨に当然含まれている、と主張する。

しかし、前記甲第二号証の本件実用新案公報の説明書全文の記載、ことに登録請求の範囲の項の記載をみても、原告主張の右の構造についての説明は全然なく、またこの点についての作用効果の記載も何らされておらず、たゞ図面にのみ重合部両側上下の縫合線がほゞV字型といゝ得る形状に直線状に図示されているに過ぎない。右説明書中、原告の指摘する図面以外の記載は、必ずしも原告主張の右構造と関連して考えることができない。

ところで、実用新案公報中の図面は、説明書の項に詳細に説明され、かつその構成に欠くべからざる事項のみが登録請求の範囲の項に記載された実用新案を、さらに具体的に示すために、必要な部分を図示したものであるが、それには説明の便宜上実施例として考案の要旨に関係のない事項を記載されることもあり得るので、考案の要旨を判断するに当つては、図面に表現された型を無視することのできないことは明白であるが、それと説明書の記載全文、ことに登録請求の範囲の項の記載とを対照して、これを解釈するのが至当である。したがつて、図面に図示されているもの全部が必ずしも考案の要旨であると解釈することができず、本件登録実用新案におけるように、登録請求の範囲の項ならびにそれを詳細に説明する説明書全文の記載および図面中これに関連する部分によつて考案の要旨が不明瞭でない場合には、原告主張の前記の点は、登録請求の項にはもちろん、説明書全文中に何らの記載がなく、それについての作用効果も記載されていないので(原告指摘の各記載部分が必ずしも原告主張の構造を前提とするものと考えることができないことは、前記のとおりである。)、たとい図面には明示されてあつても、これを考案の要旨に含めて考えることはできない。

また、登録請求の範囲の項の冒頭の「図面に示すように」の字句は、次に記載される要旨の構成部分が図示のようなものであることを表示したに過ぎず、したがつて、前記の字句が冒頭にあるからといつて、図面に示された事項の全部を考案の要旨であると解釈することは、正当でない。

要するに、本件登録実用新案のズボン下衣において、重合部の両側に設けた上下の縫合線がV字型に一直線をなしている点が考案要旨に含まるべきである、との原告の主張は、採用することができないものといわなくてはならない。

四、次に、審決引用の米国特許明細書および図面には、「この発明は男子用下着に関するもので特に取引上『半ずぼん(シヨーツ)』として知られている型のものである。」と前置きし、その実施の一例として「パンツ」が図示され、その構造および作用効果が説明されているが、その構造は、審決認定のとおり、股下部で縫合した生地を適宜幅左前に重合してパンツの前部を二重として形成し、この重合部の両側縁にテープを当てて上部と下部とを縫合し、その中間に懐状の開放部を設け、パンツ全体の上周縁には弾性的な腰帯を囲繞縫着したものであつて、この構造に基く作用効果としては、着用者が用便のときに、開放部をかきひろげて用を足し得ることが記載されていることが、成立に争のない乙第一号証(右明細書および図面)によつて明らかである。

五、そこで、さきに認定した本件登録実用新案の考案要旨と、審決引用の前記米国特許明細書および図面記載のものとを比較すると、両者は、男子用下穿きにおいて、股下部で縫合した布地を腹部で適宜幅左前に重合して二重とし、この重合部の両側縁にそれぞれテープを当ててテープと重合縁とを縫着するに当つて、上部および下部を縫着し、その中間に懐状の開放部を形成した点で互に一致し、たゞ重合縁の縫着を、前者では上部を長く、下部を短かくしたのに対して、後者ではその上下部がほゞ同じ長さになつている点で相違しているものと認めるのが相当である。原告は、右相違点について審決の認定は不正確であると非難するが、重合縁の縫着を前者では上部を長く下部を短かくしてあることは、前記甲第二号証の実用新案公報の登録請求の範囲の記載に徴して疑を容れる余地がなく、一方後者では下部を足の出口の縁の括りまで縫着するが、股下部からすれば上下部ほゞ同じ長さであることが、前記乙第一号証の図面によつて、明白である。

六、原告は、前記で判断した点のほかにも、本件実用新案のズボン下衣と引用刊行物記載の男子用下穿きとの構造および作用上種々差異があると主張するので、それらの点について考える。

まず、前記乙第一号証およびこれに基いて作成した見本であることについて当事者間に争のない検甲第二号証をみると、前部に後部布片と別の布片が接合していることが認められるが、本件実用新案において前部で二重になつている布片が後部と共通のものであることは、必ずしも要件となつておらず、腹部で適宜幅左前に重合するかぎり、別異の布片を接合したものもなおその考案の範囲に属するものと考えるのが相当であるのみならず、布地の節約あるいは補強のため、一枚の布片を使うか、あるいは数枚を接ぎ合せて使用するかというようなことは、何らの考案力を要しない構造上の微差であるというべきであるので、これをもつて両者が別異の考案を構成するものと解することはできない。

また、右引用刊行物のパンツには足の出口に縁が附いていて、テープをもつている点は、それがパンツである以上当然にそなうべき構造であり、重合部の縫合線が逆V字型であることも、本件実用新案にはV字型が要件となつていないのみならず、本件実用新案の実施例は股引であるのに反し、引用刊行物にはパンツが記載されているので、両者の記載例の差に由来するとも考えられ、腰帯部を引き上げることによつて開放部の乱れを矯正できる効果のあることは、後者においても認められないことはないから、考案として両者が同一であることを妨げるものではない。なお、この物品の相違の点も、両者は股下筒状部の長短、形状によつてのみ区別されるものであつて、男子用下穿きとしてみれば、同種の物品に属するものといい得べく、ことに両者はともに腹部の保温のため布地を腹部で適宜幅左前に重合した点と、用便を便利にするための前開き部分をそなえた点とを考案の要旨としているのであるから、両者を別異の物品に関する考案とすることも相当でない。結局、考案としての両者の相違点は、審決認定のとおり、開放部の位置の点のみにあるものといわなくてはならない。

七、ところで、ズボン下穿き類における前開きは、用便を便利にするために設けられるもので、この前開きの上下部分を縫着してその中間に懐状の開放部を設ける場合に、この開放部を用便に最も好都合な位置とすること、換言すれば開放部から上と下との縫着長さの比を、股下部から胴部上縁までの長さに応じて適宜に選ぶことは裁縫技術上の常識的事項に属するから、前記の両者間の差異は、当業者が必要に応じて任意に変換できる構造上の微差に過ぎないものと認めざるを得ない。ことに本件登録実用新案の場合、前記重合縁の縫着を、開放部の上部を長くし、下部を短かくしたための作用効果に関しては説明書中何らの記載がなく、したがつて格別の作用効果を奏するものとも認められないので、前記の相違点には考案の存在を認めることができない。

してみれば、本件実用新案のズボン下衣は引用刊行物記載の男子用下穿きと全体として構造類似し、作用効果の点についても格別の差異を認めることができず、少なくとも前者は後者に類似するものということができる。そして前記刊行物が本件実用新案の登録出願前当時の特許局に受け入れられ、公衆の閲覧に供されていたことは、前記のとおりであるから、本件登録実用新案は旧実用新案法第三条第二号に該当し、その登録は同法第一条に違反してされたものであつて、同法第一六条第一項第一号の規定によりこれを無効とすべきものとした本件審決には、事実誤認その他違法の点をみとめることができない。

よつて、右審決の取消を求める原告の請求は理由のないものと認め、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 千種達夫 入山実 荒木秀一)

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